在日本韓国YMCA移住者のリアリティTOP第3期「レイシズムを考える」(2010年4月〜7月)>樋口直人 



(各時期の講座記録・参加者感想)

(2009年5月〜7月 アンジェロ・イシ×小ヶ谷千穂×五十嵐泰正×森千香子×山本敦久)

(2009年9月〜11月 挽地康彦×稲葉奈々子×高谷幸×鍛治致)

(2010年4月〜7月 辛淑玉×樋口直人×鵜飼哲)

(2010年10月〜12月 李孝徳×木下ちがや×金明秀×安田浩一)


第2回 5/29(土)18:30〜
樋口直人(徳島大学教員)
「ヨーロッパの極右・排外主義から日本を考える」

プロフィール 徳島大学教員。1969年生まれ、一橋大学大学院を経て現職。著書に『再帰的近代の政治社会学』(ミネルヴァ書房、共編著、2008年)、『国境を越える』(青弓社、共著、2007年)、『顔の見えない定住化』(名古屋大学出版会、共著、2005年)など。

テーマについて ヨーロッパでは、移民排斥を訴える極右政党が1980年代から台頭し、国によっては第2党になるまで勢力を伸ばしている。これらの極右は何を主張してきたのか。誰がなぜ極右を支持するのか。何が極右にとっての追い風となってきたのか。排外主義運動が跋扈している日本の現状を念頭においたうえで、ヨーロッパの極右について解説していきたい。


講座の記録 挽地康彦(移住労働者と連帯する全国ネットワーク)

 連続講座「移住者のリアリティ〜レイシズムを考える〜」第2回の講師として徳島大学の樋口直人さんをお招きした。今回の主題は、日本版極右としての石原研究に携わってこられたご自身の立場から欧州の極右・排外主義を検討し、それを近年日本で顕在化する排外主義の分析にフィードバックすることにあった。
欧州において極右政党が大きく台頭していることはマスメディアを通じて伝え聞くが、日本にいるとよく分からないことが多い。また日本の焦臭い兆候についても、それがいかなる土壌から分泌されているのかは明らかでない。よって今回の講演はオーディエンスの関心も非常に高く、質疑応答まで熱のこもった時間となった。
 講師の樋口さんは、昨年度オランダに滞在しながら一年間欧州で研究活動をされている。冒頭では、そのオランダ滞在の経験から、講演の趣旨ともかかわる二つの見解が示された。
ひとつは、西欧の移民をめぐる状況の変化である。1980〜1990年代の西欧では「多文化」が移民を語る際のキーワードだったが、2000年代に入ると「多文化」の理念が行き詰まりをみせ、それに代わって「統合」がホスト社会の妥当な解として主流になる。移民排斥を表明する極右政党は、統合の失敗とみるべきではなく、シニカルな姿勢として打ち出された統合の認識と同じ素地から台頭している。
 もうひとつは、個々の移民をみるという視角である。日本における排外主義を考えるとき、冷戦構造が残存し、また和解すらできていない東アジアの政治状況が、欧州における「反移民」という文脈とは異なる影を落としているという。他国にはない外国人参政権への過剰ともいえる拒否反応も、日本的ゼノフォビアの不気味な表れであろう。その意味で、日本の排外主義が欧州版排外主義の単なる焼き直しでないということは強調しておくべきである。
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 極右政党はいまや西欧各地で出現し、国によっては第2党になるまで勢力を伸ばしている。政党研究や移民研究の成果を踏まえるなら、欧州における極右政党の躍進は決して突飛な出来事ではない。政治の側面では「保守」対「社民」という、富の分配が政治の対立軸であった時代が終わり、従来の政党では新たな政治的イシューに対応できなくなった。また、移民に対する統合の動きが進むなかで、ムスリムが「統合されざる移民」の象徴として代理表象され、イスラモフォビアが前景化していく。
こうした情勢のもと、かつて限定的な支持政党でしかなかった極右は、有権者の政治不信と反移民感情の受け皿となって広範な支持を獲得するまでになった。注意すべきは、極右が反移民感情を煽っているのではなく、反移民感情をもつ人が多いから極右が支持されているという構図である。恥ずべき病理というよりは、ノーマルな政治行動となった極右支持。今日の北欧やオランダでは「極右との共生」、すなわち政府が極右の副作用をどのように抑えるかという段階にあるという。
 他方、日本の場合はどうか。欧州と異なり、日本には大きな支持を集める極右政党は存在しないが、日本型の極右支持は「石原支持」をとおして読み取ることができる。石原支持の要因を探る調査結果によると、日本型の極右支持はナショナリズムの影響力が強くはたらいており、ゼノフォビアとも弱いながらに反応している。それは、日本の極右が西欧のそれに近づきつつあるということだろうか。
 欧州の排外主義と比較した場合、日本の排外主義は、ナショナリズムを前提としたゼノフォビアに特徴づけられる。日本で在日韓国・朝鮮人や中国人が敵視されるのは、東アジアに残存する冷戦構造や戦後処理(植民地主義の精算)の不十分さがナショナリズムを誘引し、ゼノフォビアを生む要因となっているからである。西欧におけるムスリムへの敵意が移民としてのムスリムへの憎悪であり、国家として敵視されているわけではないことを考えると、地政学的な構造に規定された日本版極右や排外主義の性格が浮き彫りになるであろう。
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 現在、運動としての日本の排外主義はインターネットを主戦場にしている。そこでは、不安にかられる人びとを排外主義へと呼び込む回路が作られており、そのパッケージ化した戦略は従来の市民運動のスタイルでは太刀打ちできないほど巧妙になっている。排外主義運動が見せる世界を相対化するには、対抗運動も公共圏としてのメディアを戦場にする時代にきているのかもしれない。(終)

参加者の感想
○欧州の排外主義と比べて東アジア、日本特有の排斥行動の特徴を客観的にみつめるきっかけとなった。又、現在の排外主義運動の盛りあがりを歴史的観点からも深めていくことで、様々な視点でとらえることができました。
○面白かった。欧州におけるレイシズムは、イスラム-キリストという宗教上根源的な構造的な文脈の中にある一方、東アジアにおいては近代現代の歴史という150〜100年の短期的(一世紀を短いとみた場合)側面だという印象を受けました。
○日本のレイシズムをオランダとの比較でその特徴を理解するのに役立ちました。植民地主義の清算がやはり課題であると思いますが、具体的にはやはり大変だと思いました。質問にも示したのですが、最近の若手政治学にレイシズムをもつ傾向があり、ネット環境のむすびつきがやはり危惧されます。
○大学生のため、この様な学習会は初めて来たのですが、とても密度が濃く、勉強になりました。お恥ずかしい事ですが、今まで「ヨーロッパの移民政策は進んでいる」と思っていたので、衝撃を受けました。今後もどんどん参加していきたいと思います。
○欧州の話などに慣れていない人には難しいのではと思ったが、質疑応答が活発で参加者の関心の深さがわかりました。タイムリーな話題だったと思います。ただ、日本のことにもっと質問が出るかと思いましたが…
○自分の関心と極めて近かったので興味深かったです。
○特に、多文化主義は反撃されるので同化主義的レイシズムに移る排外主義とか、マイノリティの権利や一差異主義的レイシズムは今まで知らざることを勉強できて、本当にいい勉強を収めました。
○極右と社会状況との関係が(ある程度)理解できました。人権教育の影響が少いという点は考えさせられました。若い人が社会の中で自分の場所を見つけられないことが社会を壊して行くことをよく考えなければならないでしょう。