●洪 貴 義
2002年11月から行ってきたこの講座も、年をまたいで2003年5月30日のテッサ・モーリス=鈴木さんによる講演、「日本の中の多文化主義――越境的対話のフォーラムをめざして」で最後をむかえた。最終回にふさわしく5月30日には150人もの人が駆けつけてくれ、シリーズでは最大の参加者数となった。
ここでは、この日の様子を中心にした報告をしてみよう。
まず最初に、この企画のコーディネーターの3人から話を始めた。司会の洪貴義が講座全体の意図を説明し、佐藤信行からはこれまでの連続講座の内容についての話があり、金弘明からは、今後の取り組みへの展望を語った。
そしてその後1時間、テッサさんに講演していただいた。彼女はまず、自らの簡単な生い立ちから話をはじめ、そして現在在住するオーストラリアの多文化主義政策の歴史とその実際について語った。彼女は日本の現状については、特にその「コスメティック・マルチカルチュラリズム」をいかに克服していくかという課題を提出した。1990年代以降、現在においてますます顕著になっているナショナリズムへの動き、たとえば、君が代・日の丸の法制化、右派都知事の誕生、教育基本法の改悪、『心のノート』の強要という形での子どもの心の内面支配、有事法制の成立などをふまえながら、日常生活の中で文化の多様性を承認し、それを深化させることで、政治的変化をも促すような文化の概念をいかに形成することができるかという問いとしてそれはあるだろう。
そして最後に、コミュニケーション能力をさらにみがくことで、情報の価値を自ら選択し、作り出していくことによって、交通を広げ、ひいてはアジアとの連帯をも展望することを訴えた。そして、ファースト・ポリティックスではなく、スロー・ポリティックス、つまり「遅い政治」の可能性がこれからの希望であると、未来の希望へむけて話を終えた。
講演のあと、質疑応答が活発に行われた。在日韓国人の立場から、日本国憲法において、外国人の権利が保障されていない現在の日本の状況のなかで、多文化主義へ向けての法的保障の根拠をどこに求めるか、という鋭い問いをはじめ、BBC放送のキャスターの人種的多様性の理由についてまで、その内容は多岐にわたり、参加者の関心の高さをうかがわせるものだった。
質疑のあとには、最後にしめくくりの言葉として、主催者である在日韓国YMCAの金秀男主事からあいさつをしてもらい、この企画を今後さまざまな場で生かし、発展させていくことができるようにという激励の言葉をいただいた。
そしてそのあと、交流会に移って行ったのだが、これがまたこれまでにない大きな規模のもので、50〜60人くらいの方が参加してくださっただろうか。参加者の自己紹介、テッサさんへのさらなる質問などによって会を盛り立てていった。ここでは個人的にも新たな出会いを持つことができ、とても充実した会となった。
最後になるが、この場を借りて、テッサさん、そして一人一人お名前を挙げることはできないが、他の講師の方々、また参加してくださったすべてのみなさま、Cut
and Mix通信に原稿を寄せてくださったみなさま、そしてスタッフをはじめ関係者の方々にお礼を申し上げたい。どうもありがとうございました。今後もそれぞれの持ち場で、問題を提起し、新たに問いを発見し、「切れてつながる」試みを実践していきましょう。
●発行●2003年6月10日
●編集●金 弘 明/洪 貴 義/佐藤信行
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