在日本韓国YMCA連続講座Cut'n'Mix

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  • <2010/10/26>第3期の記録をアップしました。




Cut and Mix通信 6号

「コリア・在日・日本」連続セミナー2002〜2003



連続セミナー「在日」:Cut and Mix第6回講座

韓東賢 藤井誠二さん/『コリアンサッカーブルース』で伝えたかったこと
田附和久「今こそ出会い、交流を」



藤井誠二さん/『コリアンサッカーブルース』で伝えたかったこと
韓 東 賢


サッカーと帰属意識――モチベーションの拠りどころは?

 1月24日のCut&Mix第6回は、サッカーを通じて在日コリアンの過去と現在を追いかけたルポルタージュ『コリアンサッカーブルース』(アートン)の著者、藤井誠二さんを講師に迎えて行われた。藤井さんは「『コリアンサッカーブルース』で伝えたかったこと」と題して、@植民地時代、サッカーを民族心のよりどころとしてきたところにルーツを持つ在日コリアンサッカーの歴史、A日本サッカー界の中で日陰の存在に置かれ続けながらも強さを誇ってきたが、Jリーグ発足などの時代の変化の中で形を変えつつある在日コリアンサッカーの現状、B世界のサッカーを通じて考える多民族社会日本の未来――という主に3つの内容で話をした。
これまで5回の講師のほとんどが学者・研究者だったと知っていたためか、開始直後は若干緊張気味のように見受けられたが、質疑応答を経ていったん講義を終えた後に行われた参加者との議論は大いに盛り上がった。在日コリアン問題の専門家というわけではなく、少年犯罪や教育問題などを主なフィールドとしながら幅広い読者に支持されているフリーライターの藤井さんは、「若い人が気軽に話を聞きに、しに来られる場」(コーディネーターの1人、金弘明さん)を目指しているというCut&Mixの趣旨にふさわしいゲストだったのかもしれない。
せっかく著書があるので話の具体的な内容は著書を読んでもらうことにして、この日の話と議論を通じて私が感じたことを書いてみたい。

 藤井さんが在日コリアンサッカーに興味を持ったきっかけは、「同胞のためにゴールしたい」と語ったある選手の言葉の意味が理解できなかったことだという。「同胞のため」だなんて、今や同胞社会の中でもずいぶん古臭い言葉に響く。しかし、その言葉が光を放っていた時代はつい最近のことだし、在日朝鮮蹴球団に代表される在日コリアンサッカーが強かった理由はまさにそこにあった。彼が口にした「同胞」の先には、「民族」、そして「祖国」があった。
しかし、では同胞とは誰なのか、民族とは、祖国とは……? 誰もが共有できる正解は今やどこにもなくなった。選手たちのモチベーションを支えてきたよりどころそれ自体の輪郭が揺らいでいる。そんな中で、在日コリアンサッカーが過去のような輝きを失ってきたのは事実だ。そして、もはや「同胞のため」と口にする者は少数派であろう。
 コーディネーターの1人でもある洪貴義さんは質疑応答の時、「在日コリアンは南、北、日本のどこに所属しているのだとつねに問われ続けてきたが、時代とともにそうした所属意識が変化してきた。それが、今日語られたような在日サッカーマンたちの意識の変化にも表れているのだろう」と発言した。そう、在日コリアンは、良くも悪くもつねにその所属、帰属意識を明らかにすることを強要され続けてきた存在だ。
 世界最大の競技人口を持ち、他のどんなスポーツより「インターナショナル」なスポーツであるサッカーは、4年に1回、国家代表チームが勝負を競うワールドカップを頂点としているもっとも「ナショナル」なスポーツでもある。それゆえに、頂点を目指す者はより強く帰属意識を問われるし、昨年のワールドカップの熱狂を見れば明らかなように、その帰属意識こそが勝負を競うための強いモチベーションにもなっている。歴史的、文化的背景から「国籍=民族」観念の強い日本や朝鮮半島においてはなおさらその傾向は強く、マージナルな存在である在日サッカーマンたちは頂点に近づけば近づくほど、「自分は誰なのか」と問われ、「お前はどこに帰属するのか」という厳しい決断を迫られてきた。今もそれが現実なのは確かだが、その共通の答を自明視することができなくなってきたのである。
 国民国家は20世紀の遺物だ、民族は想像の共同体に過ぎない、ナショナリズムは病でしかない……。理解できるし、重要な指摘だし、もっともだと思うが、本当にそう言い切れるのか。例えば藤井さんが『コリアンサッカーブルース』の後に書いた『いつの日かきっと』(梁石日原作『夜を賭けて』の映画化に際して、出演者オーディションに応募してきた若者たちのインタビュー集。アートン)という本に収められた若い在日コリアンたちの声には、古臭いように見られがちな「同胞、民族、祖国」という言葉が形を変えながら生き続けているように見えた。では、これらは後ろ向きの単なるノスタルジーに過ぎないのだろうか。
 ただひとつ言えることは、何かに帰属する、帰属したいという気持ち自体は否定すべきことではないはずだということ。でも今必要なのは、帰属先の共同体を再構築することではないだろう。それはもはや不可能だし、私たちの手に負えることでもないと思う。それよりも、いかに帰属するか(あるいはしないか)という私たち自身のやり方を問い直し、作り変えることなのではないか。
最近読んだ本に、日本における個人と共同体の関係を、強制的な単一帰属(一元的所属)から選択的な多重帰属(多元的所属)に変更していかなくてはならないという主張があった。もしこれが望ましい流れなのだとしたら、それをリードできるのが私たち在日コリアンなのかもしれない。


今こそ出会い、交流を
田附和久(YMCAスタッフ)

 私は1980年代の中ごろに朝鮮語を勉強し始めるようになってから、多くの在日コリアンや本国の韓国人の恩師や友人と出会い、親しくつきあうようになりましたが、当初は朝鮮学校を卒業した在日コリアンと出会う機会はあまりありませんでした。親しく話をするようになったのは1990年代以降、私が通っていた(今では職場となっている)YMCAのチャング教室に総連系の芸術団体出身の方々が通われるようになってからのことです。正直な話、日本の学校を卒業した在日コリアンと違ってなかなか打ち解けにくいという印象を感じたこともありましたが(こちらも先方からずいぶん「朝鮮オタクのへんな日本人」と見られたようですが)、ともに活動をしたり、お酒を酌み交わして語り合ったりすることを重ね、今では何人もの大切な仲間と親しくつきあうようになりました。
 地域で出会うことの多いもっとも身近な隣人でありながら、朝鮮学校出身者や総連系在日コリアンを遠い存在に感じてきたという経験は私個人だけのものではないと思いますし、そうした状況がようやく90年代以降、小さな交流の積み重ねによって少しずつ変わってきたという認識も多くの日本の市民に同意してもらえるのではないかと思います。今回講師としてお迎えした藤井誠二さんの『コリアンサッカーブルース』も、まさにそうした状況変化の中で生まれた著作だと言えるのではないでしょうか。日本人ライターが当事者である在日コリアンと真摯な交流(取材)を重ねることを通して、これまで「伝説」として語られていた在日朝鮮蹴球団の実像を描き出したこの本を、時代の貴重な成果としてうれしく読みました。その内容として最後に語られる事実――そんな90年代に日本協会の方針や他のさまざまな事情から、それまでせっかく価値ある働きを担っていた在日朝鮮蹴球団が事実上姿を消してしまったという事実――からは、出会いや交流の結果が、一方に一方を従属させたり同化させたりするのではなく、相互理解を深め、互いの長所を導き出すようにするためには、前提として何が必要になるのかということについて考えるヒントを与えられたように思います。
 国籍に根拠をおく障壁を減らしていき、さまざまな人たちに参加の機会を広げていこうという提案は、スポーツ界だけでなく、広く日本社会全般に向けての提案として聞くべき価値がありますが、Jリーグの某理事のように、そうした障壁を残したいと願う人たちが根強く存在することは確かです。さらに言えば、昨年9月以降の共和国に対する政府の施策、政治家たちの発言、マスメディアの報道は、せっかく芽生えてきた明るい状況変化の動きを根こそぎ絶やそうとするかのようです。現在の状況はかつてなかったほどに深刻であると思いますが、しかしそれでも最近の小さな交流の積み重ねがあったからこそ、今なおここで踏みとどまれているのではないかとも思います。楽観を許さず、さりとて悲嘆にくれてばかりいても仕方がない、そんな今、今回の講演、また懇親会を通して、あらためて身近な隣人と人格的な交流を積み重ねることの大切さに気づかせてもらえ、感謝しています。
 最後にもう一つ。学生時代に朝鮮近代史を専攻した私は、藤井さんの著作の中にある解放前のサッカー史について述べられた章をたいへん興味深く読みました。我がYMCAも朝鮮近代のスポーツ受容と展開には大いなる役割を果たしたことはよく知られており、昨年秋には『YMCA野球団』という朝鮮最初の野球チームを扱った劇映画もソウルで公開されています。民族意識の発揚と密接な関係をもっていた当時のスポーツの世界でYMCAが果たした役割について、機会があれば少し詳しく調べてみたいと思います。

●発行●2002年1月31日
●編集●金 弘 明/洪 貴 義/佐藤信行